大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

静岡地方裁判所沼津支部 昭和63年(ワ)225号 判決 1990年6月28日

原告(反訴被告)

株式会社コイケ

ほか一名

被告(反訴原告)

望月員頼

ほか三名

主文

一  左記交通事故に基づく原告らの被告らに対する損害賠償債務がないことを確認する。

昭和六三年五月二七日午後五時三七分ころ、沼津市江の浦駐在所前で原告株式会社コイケが保有し、原告豊田登志美が運転する自動車(沼津四四ね七六一八)が被告望月員頼の運転し、その余の被告らが同乗する自動車(沼津五六せ一〇二九)に追突した事故

二  被告らの反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は本訴、反訴を通じ被告らの負担とする。

事実及び理由

一  被告らは反訴として、原告らに対し連帯して、被告望月に対し一三三万〇五四〇円、被告山本に対し八二万七七四〇円、被告横森に対し一五八万六八六〇円、被告横手に対し七八万三六一〇円、およびそれぞれ右金員に対する昭和六三年八月一日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払い、訴訟費用の原告ら負担及び仮執行宣言を求め、原告会社が保有し、原告豊田が運転する自動車(以下「原告車」という)が、昭和六三年五月二七日午後五時三七分ころ、沼津市江の浦駐在所前道路において、被告望月が運転し、その余の被告らが同乗する自動車(以下「被告者」という)に後方より追突し(以下「本件事故」という)、被告らは頸推捻挫等の負傷を負い、治療費、入院雑費、休業補償、入院慰謝料、弁護士費用の損害を破つたと主張し、原告豊田に対し民法七〇九条、原告会社に対し自賠責三条に基づき損害賠償を請求した。

二  原告らは、本訴として、本件事故に基づく原告らの被告らに対する損害賠償債務がないことの確認、訴訟費用の被告ら負担の裁判を求め、本件事故は認めるものの、被告らが本件事故により負傷したことはなく、被告らに本件事故と相当因果関係のある損害は発生していないと主張して争つているので、以下この点につき判断する。

三1  甲第一ないし二九号証(枝番を含む)、乙第一ないし四号証、証人芦澤穣の証言、被告各本人尋問の結果及び当事者間に争いのない事実によれば、以下の事実が認められる。

昭和六三年五月二七日午後五時三七分ころ、原告豊田運転の車が、道路から国道四一四号にでるため停車中の被告望月運転の車に追突した。

原告車はワゴン車であり、被告車はトヨタライトエースワゴンであり、衝突の際、被告車には、助手席に被告横森が、後部座席に被告横手が、その後部座席に被告山本が同乗していた。

事故時、被告望月は、ハンドルにもたれ、腰は座席に乗つていなかつたため追突の時胸をハンドルにあて、首が一回後方に揺れた。被告横森はダツシユボードに足を乗せ寝そべつて本をよんでおり、追突によりお尻がどすんとでる程度であつた。被告横手は座席の真ん中に普通すわつており追突によりガクンときた程度であつた。また、被告山本は背もたれに寄り掛かるようにして寝ていたが追突によりがくんと前にのめつた。

追突の際、被告車はサイドブレーキを引いていたため前方に押し出されることはなかつた。事故により原告車の前部の、及び被告車の後部の各バンパー部分がへこんだ程度であり、被告車は修理せずそのまま使用されている。

衝突した後、被告らはパトカーがくるまで待つていたところ、被告山本が気分が悪いといつていた。なお、被告横森本人尋問の結果中、事故後気持ちが悪くなり吐き気がした旨の部分があるが、右部分は、他の被告らの供述および同被告の初診の際の診療録に嘔吐の記載のないこと(甲第七号証)に照らして採用できない。

警察官に沼津整形外科病院を紹介されて被告らは右病院にいつた。医師に入院せよといわれて入院することになつた。

被告望月は、事故日の診断書(甲第一八号証)には、頸椎捻挫、左第三腰椎横突起骨折、全治四週間を要す見込み、との診断を受け、昭和六三年五月二七日より七月一六日まで沼津整形外科病院に入院した。

被告山本は、事故日の診断書(甲第一九号証)には、頸椎捻挫、全治二週間を要する見込み、との診断をうけ、昭和六三年五月二七日より六月二〇日まで右病院に入院した。

被告横森は、事故日の診断書(甲第二〇号証)では、頸椎捻挫、全治二週間を要する見込み、との診断を受け、昭和六三年五月二七日より七月三〇日まで右病院に入院した。

被告横手は、事故日の診断書(甲第二一号証)では頸椎捻挫、全治約二週間を要する見込み、との診断を受け、昭和六三年五月二七日より六月二〇日まで右病院に入院した。

2  ところで、被告らの入院は、沼津整形外科病院の指示によるものであり、同病院は被告らの病状について別紙のとおり回答した(甲第一七号証)。そして、右回答は同病院の被告ら各人についての国保診療録、入院患者病歴の記載(甲第三ないし一〇号証)と符合する。しかし、右記載は、被告らの法廷での供述による事故当時の病状及び名古屋大学医学部整形外科猪田邦雄作成の意見書(甲第二二号証)とはかなりの食い違いをみせ、同病院の被告らに対する入院の指示が相当であつたかについては疑問が残る。以下、いくつかの点につき個々的に見てみる。

被告望月につき頸部運動制限について、カルテには右の運動についてSteif(こわばり)との記載があり、(甲第三号証)、別紙の回答では「運動制限著明、前方2+、後方2+、側方2+」とされ、芦澤医師は証言の中では、前屈、後屈、両側屈とも殆ど働かない状態であつた、また2+は、殆ど動かない状態をいうと証言しているが、レントゲン写真(甲第一一号証の一ないし三)では頸部がよく動いており、また被告望月もレントゲン写真撮影の際首を動かしている旨供述し、前記診断と食い違つている。また、別紙では、叩打痛として第二ないし第五頸椎に、圧痛として胸鎖乳突筋、僧帽筋及び項筋に各2+の痛みが存するとされているが、被告望月の供述では、首、背中、肩等の部分をおされると飛び上がる痛さを感じるということはなく、むしろ気持ちがよい位でしたと供述しており食い違いがあり、更に第二ないし第五頸椎間にすべり(動揺性)があると記載があるが(別紙回答など)、大人の場合二ないし三ミリメートルの頸椎のズレは正常範囲とされ、三・五ミリメートル以上である場合に不安定性の存在が疑われる(甲第二五号証)のであり、同被告の場合は正常範囲内に留まる(甲第二二号証)。さらに、左第三腰椎横突起骨折の点については芦澤医師は証言の中で、レントゲン写真(甲第一一号証の一七)の白く写つている線を骨折線と指摘しているが、甲第二二号証によれば、骨折の所見はなくそれが治癒してきたという所見もみられないというのであり、これに照らすと骨折の診断にも疑問の点がある。

被告山本についても、同被告本人尋問の結果では、同被告は事故後めまいがして、横になつており吐き気がしたことが認められる一方、事故後自宅にもどつてから痛みはなかつたものと供述し、別紙と異なつており、甲第二二号証では後記を除き外形的所見は認められず、第五、第六頸椎間が狭く運動制限がみられるが、この点は退院直前のレントゲン写真でも同様であり本件事故との因果関係は認められない。

被告横手について、同被告の供述では、頭を抑えて前に倒したりしたとき、首の後ろに痛みがあり、前に押されると首筋がズキンとし、後ろに反らされた時もズキンとし、ハンマーで首筋を叩かれた時もズキンとしたが、首や肩を押さえられた時痛みはなかつた旨述べており、別紙の様な運動制限や圧痛は認められず、甲第二二号証に照らすと、頸部レントゲンは正常であり、動揺性のすべりも認められず、同被告について外科的所見は認められない。

被告横森について、同被告の供述では、最初首を左右に動かすと左の肩が痛んだ、左に動かすと左の肩が張つてよくまがらなかつた、右に回すと左の肩が痛んだ、前後にまげることは平気であつた、首や肩を押さえられた時重たい感じがした、首が全くまがらないことはなかつた旨述べており、別紙の様な運動制限は認められず、甲第二二号証に照らすと、頸部レントゲンは正常であり、屈曲位で第四、第五頸椎間に多少のズレが認められるが、それは正常範囲内であり、その他動揺性のすべりも認められず、外形的所見は認められない。

さらに、追突時の衝撃度については、衝突後被告車が動いていないことから、被告車に生じた衝撃加速度は〇・七Gと推定されるものであり、右程度であれば頸椎捻挫が発生することは困難であるとの林洋作成の鑑定書が提出されている(甲第一、二号証)。

3  以上のとおり、入院時における被告らの各診断に疑問があること及び衝突の衝撃からは頸椎捻挫は発生しないことを考え合わせると、本件事故時の被告らの態勢を考えても、被告らにおいて本件事故により入院を要するほどの傷害を負つたものと認めることはできず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

4  そうすると、入院を前提とした損害を求めている被告らの反訴請求は理由がなく、逆に原告らの本訴請求は理由がある。

四  よつて、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認否し、被告らの反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 徳永幸藏)

別紙 <省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例